
この記事の公開日:2026.02.25

▲これは高知県の隠れた魅力を個人で発信しているサイトです。(※赤は訪問済み)

▲106話まで、ブログ記事のウラ話「もう一つのストーリーズ」をご紹介しています。

▲カメラは時に「ありのままの光景」と共に「時代そのもの」も捉えます。


▲記事の撮影は一眼レフではなく、全てスマホや車載カメラで行っています。

世界を見据えた龍馬でも 想像出来なかっただろう…



▲2019年末に中国湖北省武漢市で発生が確認された「新型コロナウイルス」。このサイトを立ち上げた2023年の春は正にその渦中でした。

▲今回はカメラが捉えたコロナ禍(パンデミック)の高知の様子を、テーマ毎にご紹介します。

記憶① コロナ禍の ひろめ市場

▲幕末期、高知城のすぐ近くに土佐藩家老の深尾弘人蕃顕が住んでおり、人々に親しまれていた。

▲そして明治維新後も、その一帯は「弘人屋敷」と呼ばれていた。

▲その屋敷跡に「食と場を提供することで、地場の活性化に貢献したい」という目的で1998年に設立されたのが「ひろめ市場」である。(※撮影=2020.秋)

▲それはお酒を飲めるフードコートであり、相席可の屋台村でもある。なお飲食後の食器は巡回している共通スタッフが片付けてくれる。(※写真左下の青いコンテナ/撮影=コロナ禍の2021.夏.昼過ぎ)

▲この事業のような地域活性化を目指す関係者が全国から何度も視察に訪れているが、他での成功例は未だにないという。(※撮影=2020.秋)
記憶② コロナ禍の 日曜市


▲高知城から1km以上にわたる片側2車線道路の2車線分を通行止めにして、毎週開かれているのが「日曜市」である。

▲その歴史は320余年あり、(終日開催の)街路市としては日本一の規模を誇っている。

▲特産品・地野菜・果物・ご飯のお供・生活用品・盆栽など、食べ物以外も充実した街路市となっている。


▲本来は本線の両側に空きスペースがないはずだが現実はご覧の通り。さらにコロナ禍以降も、出店者の高齢化により出店数は減り続けている。(※撮影=2021.1)

▲互いの顔を見ながらのやり取りはネットでは味わえない醍醐味だ。なお、高知市街の街路市は場所を変えて「火曜・木曜・金曜」にも開催されている。
記憶③ コロナ禍の よさこい鳴子踊り

▲2022年8月の「よさこい祭り」は、コロナ禍の影響により「2022よさこい鳴子踊り特別演舞」として限定開催された。

▲競演場や演舞場となる普段の商店街や特設会場などの光景は、当時コロナ禍の影響をモロに受け人通りがほとんどない状況が続いていた。


▲高知市のど真ん中に位置し、しかも中心街で一番大きい公園なので本来なら人だかりで賑わっているはずだが…。

▲道路も商店街もアーケード内も、人影はほとんど見受けられなかった。

▲「よさこい鳴子踊り特別演舞」翌年の夏(2023.8)には、演舞者が全国から次々と本場高知へ戻ってきた。

▲「よさこいは、やっぱり本場に限る!」と言わんばかりに…。
記憶④ コロナ禍の 高知龍馬空港


▲南国土佐の空の玄関が、南国市にある「高知龍馬空港」である。日本で初めて愛称に唯一人名を冠した空港だ。

▲コロナ禍の影響をモロに受けた高知龍馬空港も、一時期利用者が激減した。(※上:ガラ空きの駐車場・下:再びの出番を待つ作業車の数々)



▲とにかく空港ロビー内に人の姿がなかった。(※撮影=2021.3~12)


▲フライトも欠航が相次ぎ…

▲ついには、老舗の土産物店が店じまいしてしまった。これは地元各局のニュースで一斉に取り上げられたほど。

▲数少ないフライト。お客人たちをお見送りする光景を見たときは驚いたが、これこそ日本が世界に誇るおもてなしの精神かもしれない。
記憶⑤ コロナ禍の やなせたかしロード

▲昨年朝ドラをきっかけに注目されたやなせたかし氏。

▲彼は8歳~18歳の10年間を、南国市ごめんにある叔父の家で過ごした。

▲その側には、昔ながらの商店が400mにわたって立ち並ぶ商店街が今も残っている。(※撮影=2025.4)

▲商店街は2009年やなせたかし氏の支援を受け、キャラクターの石像7体を設置し「やなせたかしロード」として生まれ変わった。(※撮影=2021.6)

▲コロナ禍にはこんな愛くるしい⁉光景が見られた。ちなみに設置されているキャラクター石像の大きさは、全国の町中に設置されている石像の中で最大クラスである。(※撮影=2021.6)

▲やなせたかし氏は、多感な時期を過ごした後免町への感謝を生涯忘れることはなかった。私財を投じたり様々な企画を発案し、常に町の発展を願い続けたという。(※撮影=2025.3)
記憶⑥ コロナ禍に 聖火が 街を駆け抜けた

▲コロナ禍の影響で開催が一年延期された「2020東京五輪」。(※撮影=2021.4)

▲高知市の幹線道路が聖火リレーのため通行止め(※一般車両)となった。(※撮影=2021.4.20)

▲例え正月でも見られない珍しい光景に「高知の道路って広かったんだ⁉」と素直な感想が漏れたものだ。(※通行出来たのは緊急車両のみ)

▲世界平和と民の自由と平等を願う聖火は、趣向を凝らした演出で高知の幹線道路を駆け抜けていった。その声援は時期が時期だけに生声ではなく、土佐らしい鳴子の音色が響いていた。
(追憶) 高齢化の波に消えた桃源郷

▲高知県東部の山間の香南市香我美町に、春には桃源郷のような光景が広がる「西川花公園」があった。(※2024年の春まで西川花公園、現在は西川花畑と改称)



▲里山とその周辺には50万本の菜の花や600本の花桃、さらに200本の桜などが咲き誇っていた。(※撮影=2022.3)

▲その華やかな光景ゆえ「前撮り」スポットとしても人気があった。

▲そこは元々「過疎高齢化の地域に賑わいと元気を取り戻したい」と、地域住民が休耕田に桜の樹を植えたのが始まりで…


▲地主たちの善意により提供された1ha余りの田と山は、整備~運営に関わる全てを住民たちが無償で行っていた。

▲やがて、高齢化の波が…

▲この「西川花祭り」は2024年の春をもって幕を下ろすことになった。

▲そして…田と山は、元の状態(※借りた状態)に戻して地主たちに返却された。(※一部の仕様は地主の希望でそのままの状態)

▲桜吹雪という自然現象を生まれて初めて見たのがこの時… (※撮影=2022.3.下旬)

▲誰しもの人生における宿命は世代の交代。問題はその時期とタイミング…

▲OIRAの世代は再びこの光景を見られないだろうが、いつの日か次の世代が「先人たちの思いを引き継いでいって欲しい」と願っている。
※優美な桜の舞をどうぞ。(画面の▶をクリックすると再生されます)


コメント
カメラは時代の証言者よねえ
猖獗を極めた新型コロナウィルスの惨禍
いまだに終息したとは思われないのに近頃めっきり報道されることが少なくなったねえ
見返すと街行く人達はもちろん銅像やキャラクターなどの置物もこぞってマスクをした時代やったねえ
近頃はマスクの着用がまばらになってきたけんどまだ気は抜けん感じやき人混みへ行くのは緊張するぜよ
そんな身構えが習性となってきちゅうかねえ
いつまで続くぬかるみぞやわ
今回のブログは一見見慣れた街角の風景とも思えたけんどよくよく見てみるとおとろしい画像があったよねえ
真昼間の高知市中心街にある中央公園
人の行き来があって当然のはずの商店街の閑散風景
ひと気の無い煌々と照明だけが明るい高知龍馬空港のロビー
見慣れた場所に居るべき人影がない
怖い恐いゾンつく景色やったわ
令和の御代はしょっぱなから波乱万丈でスタートやった勘定になるねえ
先の短いジジイの晩年なんじゃからせめて
桜かざして今日も暮らしつ
と浮世離れして呑気に暮らしたかったものをねえ
なんという歴史に立ち合ったもんよ
けんど今回のブログのしんがりはええ絵柄やったねえ
香我美町の西川花公園の菜の花畑桜の山景色
公園はすでに終了したらしいけんどこれも時代時節
映像で楽しましてもらえるだけでも有り難い
道もせに散る山の桜の場面を見ると
落花の雪に踏み迷ふ交野の春の桜狩り
という文言がふと思い出されるねえ
桜吹雪を無邪気に追いかけ花びらを手に入れようとする男の子
きっと情緒豊かな大人に育ってくれるろう
よそ様の子供さんじゃが末が楽しみよ
世の移り変わりは残念でもあるけんど記憶に刻まれる刹那に身を浸す体験をした若者が映像に残っている
捨てたものでもないとも思いたいねえ
コメントをありがとうございます。
この時期「コロナ・インフル」をはじめ「花粉症」など、マスクが手放せない日々が続きますね。
それは、ある種の「緊張状態が続く」と言う事。
これらは残念ながら当事者になり、病に臥せって初めて身に沁みてくるのではないでしょうか。
かく言う私は全ての症状の経験者です。
どんなに気をつけていようが、生活をしていくうえで気の緩みは出てしまいます。
コロナ禍の際マスクを探して店舗をはしごしたり、ネットでマスクの購入抽選に応募したり、
さらには動画サイトで必死に「簡易マスクの作成方法」を視聴していたことを鮮明に覚えています。
そして、今回の記事の最後に紹介した「桃源郷」のような光景は、期せずして「時代の切り替わり時期」を捉えることになりました。
動画に登場した少年に明日を託し「どうか明るい未来を見つめ、歩んで行って欲しい」と願わずにはいられません。