この記事の公開日:2023.07.07
▲太平洋に向かって大きく弧を描く高知県。中央エリア東部の海岸線には4kmにわたって常緑の松林が続く琴ヶ浜があります。
▲今回は「日本の白砂青松100選」のひとつ「琴ヶ浜」を、独自の取材(最新)情報(※2023.7.7現在)を盛り込みながら7つの視点に分けて紹介します。
海に目をやると 琴ヶ浜のいわれが…
▲琴ヶ浜の中央エリアには、公園が整備されている。
▲東西に続く松林の一角には、メインの施設:展望台もあるが…
▲どの位置からでも遮るものがない、180度の大パノラマ(太平洋:土佐湾)を拝むことが出来る。
▲ところで、琴ヶ浜という情緒溢れる名の由来は松林の形が琴の形になっているだけでなく、渚の引き波の砂の音が琴を奏でる音色に似ているからだといわれている。
♪鳴砂の音色をお聴きになる場合は、下のPlayボタン(▶)をクリックしてください。(※引き波時の音に耳を澄ませてください)
お龍が実妹と 龍馬に手を振る像が佇む
▲高知市桂浜には全国に名高い坂本龍馬の像が立っている。
▲桂浜から、弧を描く土佐湾を隔てること22km(※直線距離)の場所にあるのが芸西村:琴ヶ浜である。そこには、龍馬の妻:お龍と実妹:君枝が寄り添いながら(桂浜の龍馬像に向かって)手を振る姿の像がひっそりと佇んでいる。
▲お龍27歳・君枝16歳の頃の写真を基に造られた。
▲お龍が龍馬と出会ったのは1864年。そして1866年に夫婦(龍馬30歳・お龍24歳)となった。(※その年に起きた寺田屋事件の際、お龍の機転により龍馬が危機を脱した話はあまりにも有名だ)
▲お龍は龍馬(享年31歳)が暗殺された後、龍馬の実家に身を寄せていたが、僅か三ヵ月後に坂本家を出ることになった。
▲その後、妹:君枝の嫁ぎ先がある芸西村の千屋家に身を寄せたが、君枝の夫:覚兵衛が仕事の都合で米国へ留学することで居づらくなり、結局一年余りで千屋家を出た。
▲二人の像は姉妹の追善と、龍馬や海援隊士だった覚兵衛を記念し1993年に建立された。
▲お龍像の高さは、現代日本人の成人男性の平均身長と同じくらいである(※台座部分を除く)。間近でお龍と君枝の憂いに満ちた表情を見ることが出来る。
森林の中を貫く サイクリングロード
▲琴ヶ浜を貫くサイクリングロード(自転車道)は高低差がほとんどなく、走行しやすいのが特長だ。
▲端的に言うと、すれ違うほど(自転車の)交通量は多くはない。安心して走行出来るだろう。
▲ハイキング気分で松林の中を歩いて行くことも出来る。(※余談になるが、かつてこの森林の中で某自動車メーカーのCM撮影に遭遇したことがある。それだけ見応えがあるエリアなのだ)
時代は変わる
▲琴ヶ浜の長い松林に沿うように、第三セクターが運営する土佐くろしお鉄道(ごめん・なはり線)が通っている。
▲高架で構成され海岸沿いを走る「ごめん・なはり線」は防錆対策が不可欠。ゆえに、全車両ともステンレス車体を採用している。車輛が非常に高価なため、第三セクターの鉄道では貴重な存在なのだ。
▲様々なデザイン(形)のラッピング列車。車輛の形式名は9640で、もちろんくろしおにちなんだものである。森林の中を駆け抜ける光景はとにかく画になる。(※個人の感想です)
▲高架下の河原には、昔の貴重な写真を特殊印刷した陶板が設置され、鉄道が主な移動交通手段だった時代を偲ばせている。
線路は貫くよ どこまでも…
▲松林が(東→西)続く琴ヶ浜。その公園(中央部)に一番近い駅が和食駅である(※和食ではない)。
▲反対側(西→東)を見ても、和食駅を挟んで東西に松林が続いている。
▲クロマツの松林は「防風・防砂・防塩」等、近隣住民たちの生活を守る重要な役目を果たしている。
▲写真の中央辺りを東西(※写真の左右)に、南国安芸道路(高架)が貫く工事が急ピッチで進められている。(※この辺りの風景が一変するのは、数年後:開通時期未定)
▲なお鉄道の和食駅で下車し、小道と遊歩道を通り徒歩で琴ヶ浜(公園)へ行くことも出来る。
琴ヶ浜では 神無月と除月に 竹灯りの宵が開催される
▲琴ヶ浜の公園にある駐車場を会場に神無月(2023.10.28)と、さらに除月~睦月(12月~1月の一ヵ月以上の期間)にはリゾートホテルの庭園を舞台にして、地元の放竹を活用した「竹灯りの宵」が予定されている。(※2023.7.7現在)
▲元々竹灯りの宵は、琴ヶ浜のみで開催されてきたのだが近年(過去2回)はコロナ禍の影響を考慮し、地元のリゾートホテルのみで開催された。(※その前年度は中止)
▲芸西村の竹灯りは、(竹灯りとしての)規模が四国最大級だといわれているが、浜での竹灯りは見たことがない。蝋燭の炎が浜風に揺らめく姿を、今から楽しみにしているOIRAである。(※除月とは旧年を払い除ける月という意味で、除夜とは大晦日の夜のこと)
琴ヶ浜を一望できる ビュースポット
▲今回紹介した琴ヶ浜を一望できる絶景スポットがある。それが赤野の休憩所(※写真右側の点線部分)と呼ばれる場所である。
▲その場所へは、琴ヶ浜に沿って通る国道55線を東(安芸方面)へ車で走れば、3~4分前後で行き着くことが出来る。但し、ここは芸西村の東隣:安芸市となる。
▲個性的な建物はそれ自体も、そこからの眺望も地中海を思わせる(※行ったことはないが…)。特徴的なのは、安芸市が生産量日本一を誇る「茄子のオブジェ」が屋根にくっ付いている点だ。それなのに違和感がないのはなぜだろう⁉
▲赤野の休憩所(※写真右側:小道の上辺り)には、県内だけでなく県外ナンバーの車輛(車もバイクも)もよく立ち寄る、知る人ぞ知る絶景スポットなのだ。
コメント
大相撲力士のしこ名のような芸西村の琴ヶ浜は松林が琴の形に似て浜辺の引き波の砂の音が琴の音色にも似てとはまっこと風雅な名称やね
もう何十年も前から全国的に古い街道筋の松並木やら浜辺の松林などが松食い虫の被害を受けて次々に消退し趣のある昔ながらの風景が様変わりしてきて久しいけれど琴ヶ浜はひとむらの松林が残っており貴重やね
その琴ヶ浜が一望できるビュースポットからの景色は初めて見る構図でもうけもんやわ
そんな場所をよう見つけたねえ
琴ヶ浜にある龍馬の妻だったお龍さんと妹御の君枝さんの像は桂浜に立つ龍馬像に手を振る姿になっていてお龍さんの土佐での経緯を伝え聞く者としてはグッと胸に迫るもんがあるねえ
お龍さんは龍馬亡きあと龍馬の実家坂本家に来たのもつかの間妹の嫁ぎ先のある芸西村に身を寄せ一年余りでその地も離れ
簡単に記述したけどこの短期間でも色々本当にいろいろあって土佐を出たんやろうねえ
そのへんの事情をあれこれ想像しただけでも胸が詰まるわ
お龍さん土佐にはいい思い出が無かったろうねえ
心底親切だったのは西郷どんと勝海舟・寺田屋お登勢だけだったと回想しちゅうきねえ
ただ乙女ねえやんには親切にしてもらったとも後年語ってくれていたのは土佐人としては僅かに救いやけど
時代の大きな変わり目に行き会って難儀した人はドッサリ居ったろうしお龍さんもその一人じゃったろう
ようこそ芸西村の方々は追善にお龍さん姉妹の像を建立してくれたねえ
ええ供養になったろう
竹灯りのイベントは梅雨明けも間近に迫ってこじゃんと蒸し暑いこの時期には暑くろしゅうて向かんわねえ
年末の空気が凜とした中で開催されるともし火と聞けば時期を得て待ち遠しいねえ
松林を構成しているクロマツは、乾燥・湿気・潮風等に強く、かつ日当たりを好む性質があるため浜辺には適しているそうです。
昔の人の知恵は凄いですね。
琴ヶ浜を一望できるビュースポットは、記事内で紹介したように「赤野の休憩所」からが有名ですが、
今回の撮影を通じて初めて、その「赤野の休憩所」も含めて一望できる場所を見つけました。
この秋、太平洋に沈む夕陽は想像以上の見事な光景でしょう。
チャレンジする予定です。
また、琴ヶ浜で催される「竹灯りの宵」の撮影にもチャレンジする予定です。
いずれにしても、琴ヶ浜はふと立ち寄るにはもってこいの場所と環境です。
変に観光地ズレしていないスポットだから、癒し旅をされたい方にお勧めします。