この記事の公開日:2024.01.25
▲以前「コスモスまつり」を紹介したこじんまりした:越知町。そこに昨年の朝ドラで一躍有名になった町のシンボル:横倉山がある。
▲山には、世界的にも珍しい植物などが1,300種ほど自生しており、牧野富太郎博士が足しげく通った山である。また、日本最古の化石が発見されるなど、山全体が「自然の博物館」ともいわれている。
▲山の(東側)入口には、越知町立「横倉山自然の森博物館」がある。
▲今回は横倉山を中心に「昔の越知の暮らし→自然の森博物館→牧野博士」…
▲そして「仁淀川→アニメ映画の世界→浅尾沈下橋」をご紹介します。
横倉山の(東)入口にある神社
▲横倉山自然の森博物館への上り口にあたる国道脇には、第81代天皇であり、歴代最年少で崩御された安徳天皇を祀った横倉神社がある。
▲鐘楼には、長曾我部元親が伊予宇和島を攻めた際、来応禅寺から戦利品として持ち帰ったといわれる釣鐘が奉納されている。(※経年劣化により1818年に新しく鋳造)
▲これは、1838年に横倉神社へ奉納された大絵馬(町指定文化財)である。神社を中心に仁淀川で筏流しや漁をする人々や秋の神祭の様子が描かれている。
▲その絵馬に描かれた世界をジオラマで再現したのがこちら。仁淀川と人々の関わり方がよく分かる。
単なる箱モノではない 横倉山自然の森博物館
▲この博物館は1997年10月にオープン。世界的建築家:安藤忠雄氏の設計により、単なる箱モノにならないよう自然の要素を上手く取り入れるなどして、横倉山と一体化するよう工夫されている。
▲建築当初、建物の周囲には植物が何もなかった。そこで「ゆくゆくは樹々に覆われる博物館」をコンセプトに掲げ、今日まで運営されてきた。
▲横倉山の尾根に広がるアカガシの原生林を再現したコーナーでは、子どもたちの目がくぎ付けになっていた。
▲4億2~3千年前に南半球にあった大陸の一部が分裂し、長い年月を経てこの地まで移動し隆起したのが横倉山である。
▲ところで、牧野博士は横倉山で植物採集に勤しんだだけでなく、化石の採集も行なっていたことはあまり知られていない。(※博士が採集した化石は、東北大学総合学術博物館に収蔵されている)
▲この博物館では他にも、世界各地で発掘された化石なども展示しながら、地球の成り立ちや生物の進化について分かりやすく解説。展示物は学術的に見ても貴重なものばかりである。
牧野博士とゆかりが深い 横倉山
▲牧野博士の手により、(横倉山にて)新種の植物29種が発見・命名されている。なお、ヨコグラブドウ(画面左)は、博士が発見したのち横倉山では一切発見されていない。一方、ヨコグラノキ(画面右)は、現代でも横倉山中(横倉宮の側)で目にすることが出来る。
▲参考:ヨコグラノキは、牧野植物園(高知市)内の展示館(中庭)でも見ることが出来る。
越知町は映画の中で 印象的な舞台となった
▲3年前の夏に公開されたアニメ映画「竜とそばかすの姫」。その主な舞台となったのが高知県高岡郡越知町:浅尾沈下橋周辺の地域である。
▲全国から訪れる聖地巡りのお客人たちに「聖地以外でも楽しんでもらえる」ようにと、博物館内に展示スぺースが設けられている。
▲図らずも今年は辰年。「皆、一度は顔を出すように⁉」と竜が目を光らせているようだった。
▲ちなみに(等身大)フィギュアの製作は、その世界では有名な「海洋堂」が手掛けたものである。
その舞台のひとつ 浅尾沈下橋へ…
▲横倉山自然の森博物館~浅尾沈下橋までは6km。車で8分前後で行ける。(※撮影:2023年10月中旬)
▲ところで越知町は、2022・2023年度の二年連続で「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」に選出されている。
▲浅尾沈下橋は「竜とそばかすの姫(2021)」以外にも、映画:県庁おもてなし課(2013)や「君が踊る、夏(2010)」などの印象的な場面として登場した。
▲ところで沈下橋の正式名称は潜水橋といい「欄干を無くして増水時には水面下に沈ませ抵抗を少なくし、橋が壊れるのを防ぐ仕組み」の橋のことをいう。
▲一見長閑な光景だが、よく考えると橋の上まで増水するということ。結構な嵩で恐るべし。(※アニメ映画でも、仁淀川の増水が重要なエピソードとなっている)
様々なタイプのお客人も画になる
▲老いも…
▲若きも…
▲四輪車も…
▲二輪車も、もちろん通る。だって生活道(橋)だから…。
アップデートする橋…
▲浅尾沈下橋は、2024年3月下旬まで橋梁修繕のための工事を行っている。(※撮影:2024年1月中旬)
▲桜が咲き誇る頃には、無事アップデート(橋梁修繕工事)が完了していることだろう。
▲自然は「いつ・どんな形」で牙を剥くのか誰にも分からない。例えブログであっても、記録していく重要性を痛感したのだった。
コメント
高知県出身者である老生でも越知町の横倉山は安徳天皇陵があり古い時代の化石が出る山くらいの知識しかなかったなあ
明治の昔につくられた鉄道唱歌の山陽道・九州篇に
満ち引く汐も早鞆の瀬戸と呼ばるゝ此海は源平両氏の古戦場壇の浦とはこれぞかし
と詠われた瀬戸内海の喉首をしめた形の関門海峡近辺で平家物語によればわずか八歳の安徳天皇はバア様の二位の尼に
浪の底にも都あり
と因果を含められ二位の尼に抱かれて入水し哀れ海の藻くずと化したかという顛末は琵琶法師の語りに涙を誘われるところ
さてこれからがさあ大変
平家の落人伝説はおおよそ西日本一帯に拡がっており安徳天皇も生き延び密かに落ち延びてそのひとつが現在の越知町横倉山になるとか何とか云々かんぬん
安徳天皇陵は宮内庁が管理しておりまんざら伝承の域の話だけとは思われないという説を平家の追っ手として土佐の地に生きた源氏の将兵の末裔とのいわれがある方から聞いたことがありもう二十何年か前に興味本位で安徳天皇陵を目指して横倉山を上ったことがあってね
登山道には化石が転がっているこどがあるとも聞いていたけど目が利かない老生に成果はなし
でも神秘的な山だった記憶があるよ
横倉山よく取り上げてくれたねえ懐かしかったなあ
横倉山は4億年以上前に南半球にあったの?!
それが遙か彼方よりじんわり動いて来て隆起し南国土佐の山になった!
世に悠久の時が流れてなんぞと言い表すけど長いあまりにも長い時間の経過が!
それに比べると安徳天皇の故事はわずか八百年余の昔の話
牧野博士が鵜の目鷹の目で横倉山の植物採集にいそしんだのはほんの百何十年か前
地球の時間スケールからすると人の歴史なんて須臾一刹那
その時間軸の長短を一度に体験できる横倉山は貴重な場所なんやね
ところで高知では見慣れた沈下橋なんやけど浅尾の沈下橋と対岸の落ち着いた集落の風景はひときわ絵になる景色やね
横倉山から6㎞ほどのところに位置して車で8分前後で行けるとは越知の町から案外行きやすい場所なんやね
アニメの聖地になっているとは老人にはあれまあという感じやけど静かなたたずまいの風景がいつまでも残ってもらいたいねえ
これまで地元民(県民)でも「その名は知っている」、あるいは「その側の国道(土佐街道)は通過したことはあるが訪れたことがない」という位置づけだった横倉山。
横倉山には様々な歴史が遺っているんですね。
昨年の朝ドラ放映開始直後には、横倉山周辺を訪れたお客人たちの数が目標値の125%、また横倉山自然の森博物館を訪れたお客人たちの数が前年度の252%になったといわれています。
横倉山では、記事内で紹介した植物以外にもドラマに登場した様々な植物(コオロギラン・ヨコグラツクバネ・ジョウロウホトトギス他)が自生しています。
理由はどうであれ、人々の関心が山間の小さな町に注がれ、町が活性化するのは嬉しいことです。
一方、浅尾沈下橋は元々観光地ではない(地域住民の生活道の一部である)ため、周辺に売店や土産物店といった施設はありません。
それゆえに懐かしさ以外にも様々な感情を、人々に湧き起こさせるのかもしれませんね。
映画公開後に沈下橋を訪れようとした際の事です。
「道もあまりよくない上、渋滞で身動きが取れなくなる」と耳にしました。
それが、訪れる機会を遅くした理由のひとつでもあります。
しかし実際には、山奥の橋までの往く道は驚くほど整備されており、とても快適で「行くんじゃなかった…」というような感情は湧きませんでした。
むしろ「もっと早く来たかった」と思ったものです。
「自分の目で実際に確かめる(体感する)ことが重要だ」と改めて感じた経験となりました。