103 解体新書(カメラマンはモデルだ⁉)

探訪
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この記事の公開日:2026.02.10

▲これは高知県の隠れた魅力個人発信しているサイトです。(※訪問済み)

記事100になったのを機に、サイトの特徴こだわりなど「もうひとつストーリーズ」をお届けしています。


第三弾視点は「カメラマン」たち。カメラマンにはそれぞれ目的があります。OIRAは「画像次の世代への時代の証人である」を念頭撮影しています。

▲同時に撮影現場では、被写体となるカメラマンたちが「何に興味を示し、カメラ収めているのか」も記録してきました。

▲そのカメラマンたちは現場において通常は一般の人々関心の外ですが、OIRAの場合は…

▲ちなみに先ほどのカメラマンたちの視線にあったのは、小学生たちによる「鯨舟の唄」のパフォーマンス(※041 今年限りの復活! 鯨舟競漕大会(室戸市)より)


撮影時にはどの被写体でも相手への「リスペクト」を忘れず…

▲さらにはブログ記事見たかたより身近に感じられるよう、「スマホ」や「車載カメラ」を用いています。

カメラマンが一度は狙う 定番のものは…

カメラマン一度は狙う被写体といえば、何といっても「夕日」だろう⁉

▲その夕景がこの上なく綺麗なゆえ「恋人の聖地」に認定されているのが室戸岬むろとみさき灯台である。


▲毎年11月初旬には「室戸岬灯台まつり」が開催され、内部一般開放されている。(※左手前はマスコミ関係者)

一般カメラマンたちがこの機会を放っておく筈はなく、中には県外からこの日のために訪れるコアなファンもいた。

黄昏時になると、夕空ブルーモーメント(※グラデーション)と、ガラス反射した窓枠不思議空間を描き出した。(※通常、点灯後撮影不可/本カットは特例)

▲さらにになると、ガラス毎反射したレンズ幻想的光景に拍車をかけていた。(※海上保安庁担当者も思わずパチリ)

まずは プロの撮影光景を 覗いてみよう①

▲この項目①でご紹介するのは、いずれも「朝ドラ」関連の撮影をするプロカメラマン

▲これは「あんぱん放送開始10ヵ月前に実施されたごめん町中まちなかガイドツアーの模様である。このように、遅くても一年前にはツアー取り組みが始まっていたのだ。

▲「あんぱん放送開始前日に開催された「南国市シンボルロード」を使ったイベントの様子。大人の事情により綱引き開始が遅れたが、TV局のクルーは優しく開始の時を見守っていた


▲これは牧野富太郎博士を主人公にした「らんまん放送開始1ヵ月後の「伊尾木洞いおきどう」の様子。

地方局とは違い大人数撮影クルー(※番組あさイチ)に、子どもたちは興味津々

さらに プロの撮影光景を 覗いてみよう②

▲これは「よさこい祭り本祭の様子。通常、先頭はチーム内の師匠クラスが担当している。

▲その見事な演舞を、如何にカメラに収めるかはカメラマン腕の見せ所。重たいカメラを担ぎながら後ずさりしていくのは至難の業だ。さすがプロ


▲これは「潮風になびく鯉のぼり」を取材するTVカメラマン朝早く設営から完成まで全工程カメラに収めていた。

撮影は某局のTVカメラマンOIRA二人だけ互いを意識しながらも言葉を交わすことなく淡々と…。しかし、4月下旬撮影とはいえ真夏のような暑さだった。


▲これは「ごめん・なはり線の日」を記念したイベントの様子。我が子の姿をカメラに収めたいのは誰しも同じプロアマ撮影合戦が繰り広げられた。(※撮影=7月上旬未公開)

阿佐海岸鉄道(徳島県)のDMV(Dual Mode Vehicle)が奈半利町(高知県)まで訪れ、モードチェンジ実演が会場を盛り上げていた。

アマチュアだって プロに負けず劣らず①

アマチュアカメラマンプロと決定的に異なる点は「視点」の多様さに尽きる。つまり、いろんな立場のアマチュアカメラマンたちがその多様性を活かしながら、例えニュースならないような小さな事柄でも撮影に臨んでいるのだ。

▲そのため(※彼女)の作品を見ずとも、撮影の光景は「なるほど・そう来たか」がダイレクトに伝わってきて見飽きることがない。(※個人の感想です)

アマチュアだって プロに負けず劣らず②

▲これは道の駅とろむ」で開催された「ふるさと室戸まつり」の様子である。(※未公開)

▲「よさこい」の演舞を見守ったりカメラに収める人々。しかし、この反対側目をやると…

▲ご覧のように、演舞とは真逆の方向カメラマンたちの視線が向いていた。

▲理由は、とばりが下りてから始まる「手筒てづつ花火」のパフォーマンスカメラに収めるための準備。ちなみにこのイベントは、県外移住者発案によりこの日初めてお披露目された。

OIRAカメラマンたちの動向を見て、初めてこのパフォーマンス気づいたのだった。カメラマンたちの「情報収集力」たるや恐るべし


アマチュアカメラマンは、プロが撮る「ニュース」のように速報性が求められてはいない。じっくりその時(シャッターチャンス)を待ち続けるのも特徴。(※047 うっとりするほど美しい 琴ヶ浜竹灯りの宵より)


▲これは「絵金祭り」の様子を捉えたもの。例え地方イベント整理係が居なくても、整列するカメラマンたち。この美しさ⁉は日本ならではの光景か。(※近年、一部のアマチュアカメラマンモラルの低さ問題になってはいるが…)

アマチュアだって プロに負けず劣らず③

▲これは「チューリップまつり」の様子。「出掛けます、咲くなら何処までも…」と花を愛でるのも、アマチュアカメラマンたちならではか⁉

青年女性グループ声掛けし、カメラマンを買って出ていた(※カメラは女性所有)。まさに「一期一会」の光景を見たのだった。


▲これは国道住宅地に囲まれた「賑やかな環境の田園風景である。わざわざ訪れたのか、それとも偶然通り道にか…聞くタイミングを逃してしまった。


▲これは「べふ峡の紅葉」を紹介したひとコマ。周囲には「あかあおきいろ」の光景が広がっているのだが、いったい何を撮っているのだろう⁉

アマチュアだって プロに負けず劣らず④

▲これは仁淀ブルーの名が全国区の「にこ淵」での光景。スマホ水に浸け撮影するのを初めて見て驚いたものだ。「じゃあ、自分のスマホでは⁉」…試す勇気未だにない。

カメラズームアウトするとご覧の通り。絶妙位置取りになっている。お見事‼(※前カットとは時間差あり)


▲これは「室戸岬灯台」における一期一会ひとコマ開放的な空間では、例え見知らぬ同士であっても心を開いてしまうから不思議だ。(※個人の感想です)

カメラズームアウトするとご覧の通り。絶妙位置取りになっている。これまたお見事‼(※前カットとは時間差あり)


北川村モネの庭マルモッタンから見た夕日が、晩秋情緒を醸し出す瞬間を捉えた光景

▲しかし、カメラズームアウトするとご覧の通り。(前列)前で撮る人→(中列)後ろから撮る人→(後列)前でる人と後ろで撮る人をさらに後ろから撮るOIRAこの意味分かる

撮影は 互いをリスペクトしながら…

▲「プロ」「アマ」と立場は違えど仲良く…ライバルでもあり同好の士でもあって…。

▲全ては、明日みらい遺すために。


コメント

  1. 吉之助 より:

    年寄りの十八番(おはこ)は昔話が通り相場
    間もなく絶滅危惧種の仲間へ入ることになる戦後一桁生まれの老生
    小学校生活は昭和三十年代中学・高校が四十年代前半で四十年代半ばに社会人となって昭和でいうと八十年代の終わり頃平成二十年代半ばに勤め人をリタイヤという人生を送った身やけんど
    小・中・高の学生生活でカメラは身近な物ではなかったよ
    農家が多かった田園地帯で育ったけんど小学校時分にカメラを持っていた家庭なんぞはまずなかったんじゃないかな
    したがって小学校の修学旅行にカメラ持参などとは思いもよらない時代
    中学校の修学旅行ではカメラの持参は御法度だったので昭和四十年代初めの頃にはカメラを持つ家庭が散見されるようになってはきていたのかな
    昭和四十年代半ばにあった高校の修学旅行には事情があって行っていないのでカメラの携行の取り扱いがどうであったか定かではないけんど個人で撮った修学旅行の写真を見せてもらった記憶があるのでカメラの携行はOKになっていたか抜け駆けして持参していたかという見当かねえ

    老生がカメラを手にしたのは昭和四十年代後半時期
    社会人になり給料を貰ってまず購入しだしたのがカメラ・トランジスタラジオ・白黒テレビ・背広などだったよ
    カメラは背伸びして一眼レフカメラを同期の仲間と競って手に入れたもんよ

    カメラを購入した頃は当然フィルム式
    写真の現像代はカラーが白黒の5倍ほど高かった記憶があるねえ

    時は移り映像を撮る行為が身近になってきて家庭にビデオカメラが入り込みやがてデジカメが日進月歩となりついにスマホの時代に
    今のスマホの画質といったらフィルムで撮影していた一眼レフカメラの時代のものやデジカメが身近になってきた頃のものと比べても腰を抜かすくらい高画質で鮮明
    それを老若男女皆さん当たり前に所持していて凄い時代になったもんよねえ

    前置きがこじゃんと長ごうなったけんど
    今は一切衆生おしなべてカメラマン
    プロでなくても静止画・動画を鮮明な画像でいとも簡単に撮れるき文明の利器はありがたい

    こんな中で人目を引く画像を撮り残して行く気苦労は並大抵ではないと推察するよ
    今回のブログはその手の内を見せてくれて興味が尽きんねえ

    老生などは半世紀以上カメラを手にしてきてはおるけんど撮り方なんぞは自己流もええとこ
    素人の悲しさ
    ともすれば被写体に迫りきって撮ろうとするばかりでちょっと視線を引くとか広い構図を考えてみるとかの手法が身についていないことが判然としたわ

    人物・風景を撮る人を入れて撮る
    見物目的や主眼の被写体以外を撮影している人を撮る
    撮影者の意図を探って楽しみ興味を示す先をうがって愉しむ
    単純にカメラで撮影するだけではない味わい深さを拾う作業が病みつきになりそうやわ
    ええ勉強させてもろうたよ

    • OIRA OIRA より:

      ご覧いただきありがとうございます。

      現代の若者には想像できないでしょうが、私たちが「Z世代」と言われていた時代の写真はプリントが前提で、
      一枚当たりのコストが今では考えられないほど高かったですね。

      カメラも一眼レフが中心で、その隙間(※ラインナップ)を埋めるようにコンパクトカメラが存在していたように記憶しています。
      今じゃ一眼レフはカメラマニアが、一般の人々はスマホで撮影しデジタル保存が主流となっているのは周知の事実です。

      撮る目的は「コンテスト」で入賞を目指したテクニック重視、「SNS」で承認欲求を満たすため、そして「記録」(※家族の成長記録を含む)他、人それぞれです。

      どれが「いい」「悪い」とは一概には言えませんが、
      いずれも共通しているのは「二度と戻らない今を画の中に留めておく」と言えるのではないでしょうか。
      ブログの編集をしていると、そのことをひしひしと感じてしまいます。

      しかし、時を巻き戻すことは出来ません。
      だから、尚更「今を留めておく」という行為の意義を感じています。