
この記事の公開日:2025.10.20

▲今回ご紹介するのは、芸西村と南国市にある三つの地域で間もなく開催される三者三様の「竹灯り」の催しです。

▲無数に開けた穴から放つ光により、絵柄が浮かび上がる竹灯り。

▲それは屋外に佇んでこそ、幻想的な美しさが際立つもの。

▲このサイトでは一昨年の秋、芸西村の「竹灯りの宵」や南国市の「国分竹灯り 憧憬の路」について取り上げました。

▲今回はそのスピンオフとして、竹灯りが単に「綺麗」というだけではなく「その裏では…⁉」という視点と、昨年の各竹灯りの光景をまとめてご紹介します。


▲竹灯りが注目される背景に、実は「放置竹林問題」が絡んでいるのをご存じだろうか。それは、繁殖力が強く過剰に増えた「竹」が(全国で)放置されたままであり、周囲の植生を破壊し悪影響(※後述あり)を与えているのである。

▲竹灯りのイベントは、こうした「放置竹林」の「竹」を有効活用することで「竹林」の整備に繋がり、結果的に地域にとって有益な活動となっている。

▲「灯具」は竹をメインにしつつも、ガラスなど他の素材も多用されることがある。これらは温かみのある光との相乗効果で、風に強い「安定した灯り」を長時間放つのに一役買っている。
2025 今年もまずは琴ヶ浜から

▲2025年は、10月25日(土)に芸西村の琴ヶ浜を会場に「竹灯りの宵」が開催される(予定)。

▲その琴ヶ浜は、今年前期の朝ドラ「あんぱん」の撮影地にもなった風光明媚な浜である。

▲芸西村では第二弾として、リゾートホテル(メルキュール高知土佐リゾート&スパ)に会場を移し「竹灯りの宵」が、12月1日(月)~2026年1月12日(祝・月)の期間に開催される(予定)。

▲また、2025年12月6日(土)・7日(日)には南国市国分にて、集落一帯を会場にした「国分竹灯り 憧憬の路」が開催される(予定)。

▲四国霊場二十九番札所「国分寺」の北にある生活道をはじめ、民家や空き地などで大小の竹灯籠や瓶などを仄かな灯りで彩る二日間となる。
2023 ザ・点灯!を振り返ってみると…


▲これら点灯時の光景は、一昨年(2023.10)に撮影したものである。→「竹灯りの宵」(2023)

▲竹製の様々な灯具は、集落活動センターのメンバーをはじめ、村職員・芸西中学校の生徒ら(延べ170人)が500基のオブジェを製作した。

▲イベント当日、日没に合わせ来場者らがオブジェの中のキャンドルに次々と点灯して行った。




▲暗くなるにつれ、月明かりに照らされたオブジェが美しく浮かび上がっていった。

▲コロナ禍の影響で4年振りに開催された「竹灯りの宵」(2023)には、カップルや家族連れをはじめ老若男女3,000人が訪れ、月明りの下で秋の夜長を堪能したのだった。
2024 雨に見舞われた 月明りの宵(第一弾)


▲2024年10月中旬の琴ヶ浜でのイベント当日は、前年とは打って変わって雨に見舞われた。

▲どんなイベントでも「まず、外せない!?」のが腹ごしらえ…

▲みんな、少々の雨なんか気にしてはいられません。

▲雨が降る中訪れた人々は、暫しジャズや昭和歌謡の生演奏の音色に酔いしれた。


▲たとえ激しい雨でも観客を喜ばせるために、生演奏と生歌を届けたアーティストたち。

▲雨が止んだら、今日限りの風景を「はいっ、パチリ」。


▲会場内には浜辺も合わせて600基のオブジェが立ち並び、人々の目を楽しませていた。


▲この映えスポットでは、並んで待っている次のお客が…

▲前のお客のカメラマンとして活躍して…

▲その一連の流れが微笑ましかった。
2024 うっとりするほど美しい 月明りの宵(第二弾)

▲12月に開催される「竹灯りの宵」第二弾は「リゾートホテル」の庭園を会場にして、年を跨ぐのが特長。

▲もちろん、ホテル宿泊者でなくても無料で鑑賞出来る。



▲開催期間が一ヵ月以上あるためか撮影時(※2024.12月中旬)は、ほとんど他の鑑賞者と鉢合わせすることはなかった。



▲竹は穴の開け方によって放つ光が変わり、グラデーションやはっきりした模様を創り出すことが出来る。


▲この会場では、楕円の形をしたプールに沿うように灯具が配置されており、水鏡になった光景が絵画のようでもある。
2024 南国市国分の会場は 生活の場と共に…

▲住民らでつくる「国分竹灯りの会」が2015年から毎年開催しているのが南国市「国分竹灯り 憧憬の路」だ。

▲「軒先が会場」といわれているのも、ご覧いただければ「誰もが納得」ではないだろうか⁉


▲国分地区の竹灯りはコロナ禍を経て、2025年は12回目を迎える。

▲元々は、(冒頭でも触れたように)荒れた山を整備した際に出た竹の再利用を考える中で「地域の活性化と、放竹林の整備を通じて生態系の多様性の回復にも繋がれば…」と始めたもの。

▲国分地区を起源とした「竹灯り」イベントは、現在では県内各地に広がっている。
メッセージ性のあるものも 登場⁉

▲これは、朝ドラにちなんだ「ばけばけ」ではない。

▲露出を変えると姿が見えてくるが…「蛙」がモチーフとなったもの。

▲「平和にカエル」という願いを掛けている。

▲これらのように「竹灯り」イベントは、地域住民が一体となって「企画~運営」までを行うことが多く、地域コミュニティ(繋がり)を強化する効果があるといわれている。単なる「お祭り騒ぎ」に留まらず、地域の課題解決策として今全国各地で注目されている。


コメント
村の中を悠然と流れる川の南側は見はるかす田んぼ
川を北に渡るとすぐ山が迫るというような地形の農村地帯に生まれ育った老生には「モウソウダケ」は身近なものだったよ
声に出す「モウソウダケ」が孟宗竹と表記することは随分あとになって知ったね
野山を駆け回り遊んでいた昭和30年代60年以上前の日常生活ではモウソウダケに限らず竹製品は身の周りにどっさり有ったねえ
生活用品では「ざる・買い物かご・蓋付の吊りぞうけ」「桶のたが」農業用品では「そうけ・ふご・四又鍬などの柄」や「ビニールハウスの桟」「畑の蔓野菜などの支柱」家の軒先の「雨どい」や家の周囲の「竹垣」などなど
軽くてしなりがある竹は身近な必需品やったな
やがて化学工業製品に押されて竹製品はジリ貧となり竹林はどこも放置状態
なまじ成長力が旺盛なばかりに山の植生へ竹が侵食樹木を駆逐という景色を目にしだして幾星霜
管理された孟宗竹の林に吹く風に揺れる笹のそよぐ音色や光景は何とも和風の趣があると言いたいところやが本邦に孟宗竹が入ってきたのは250年ほど前だと聞いたことがあったのは半世紀ほども前だったような
してみると今から300年ほど前の頃ということになる勘定
さすれば水戸黄門さまが漫遊あそばされていた頃の景色には孟宗竹の竹林は無かったことになるぜよ
竹林があってもせいぜいマダケかハチクなどの和竹のたぐいの景色とならあねえ
時代劇の景色に妙に目が行って筋書きが頭に入ってこなそうでつらいぞ
きつい言い方をすると現代人に見向きもされなくなり邪魔物扱いされてきている孟宗竹を「竹灯り」の資材として芸術的な加工を施し宵祭りを催すとは大した知恵よねえ
竹灯り祭りを我々鑑賞者は夜景色を楽しむとなるけんど存外夜を待つ前の昼間の設えの景色も見ごたえがあるよねえ
さいわい資材の竹は豊富も豊富
幽玄で壮麗でどこか異国情緒が漂うような竹灯りの催しが末永く続いて行ってくれるよう祈りたい
いつもご覧いただきありがとうございます。
日本全国で「竹林の被害」と「竹の効用」が見直され始めて久しいです。
しかし、「雨後の筍」という慣用句があるくらい成長力が旺盛で、元々植生していた広葉樹や針葉樹の光合成が妨げられたりしています。
その結果、生物多様性が損なわれ森林の減少を招くという問題も発生しています。
いま、どのように向き合っていけばよいのかの試行錯誤が繰り返されています。
日本全国で開催されている「竹灯り」は、私たちと自然界との「共存」と「調和」を図るものとして期待されているそうです。